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みらくるにあふれるかんじょうをかけたら。

嵐が繋ぐ輪〜ARASHI BLAST in Miyagi〜

ARASHI BLAST in Miyagi行ってきました。ほんとはまだ他にも下書き状態の記事がいくつかあるんだけど、まだほわほわなうちに書いておきたいと思って…(これも結構前から下書きしてたのですが、なかなか書き終わりませんでした。笑 2週間前の今日はコンサート真っ最中でしたね。もうそんな経つのか…!)

あ、これはコンサートまでの話で、コンサートの本編の話ではないです。

 

わたしは今回、19〜21日の3日間、宮城に滞在させていただきました。コンサートに参加したのは20日です。

しかし、わたしが泊まるところを探しはじめたのはチケットが当たってから…。当然、泊まるところは見つからない。というか、そう聞いたので少し調べたけれど途中からどうすればいいのかわからなくなってしまった。一方で、宮城行きが決まってすぐ、1年半前、番協で仲良くなった友人に連絡しました(番協で仲良くなる!?と思われると思いうが、そのとき隣に座り、お互い1人で参加していて年も一つ違い、番協後2人でクドイ店のロケ地巡って仲良くなりました笑)。偶然、宮城の子だったので、宮城行くことになったから久しぶりに会いたいなぁ〜と…。友人は宮城に行くことを喜んでくれて、宮城案内するよー!と言ってくれました。そして、大きな問題である、ホテルがなかなか見つからなくて…いう話をちらっとしました。すると…じゃあうちに泊まりにくる?と思いがけないお誘いが…!(他の友達に話したらそう言うしかないじゃんって言われたけど確かにそうだ。笑) 他に方法もないので、お言葉に甘えて泊まらせてもらうことにしました。ありがとう…!!!

今思えば、これがわたしのBLAST in Miyagiでの人との出会いのはじまりだったのかもしれない。

 

19日。ついに宮城に向かう日。わたしはいろいろあって(ケンカとかもめたとかじゃない、予定が合わなかっただけ。笑)、1人で宮城に向けて出発しました。会場行けば知ってる人はいるだろうから、そんなに心配ではなかったけれど、全然知らない土地に1人…正直ちょっと心細かった。

仙台駅までなんとか着いた。すると日立の広告がどーん!!!

これか、Twitterで見たのは! 仙台の駅が嵐で染められている。嬉しくなった。

でも、もっと嬉しかったのはKIRINの広告で嵐5人の写真と“ようこそ仙台へ”と書かれていたやつ。違う土地から仙台にやってきた人を歓迎してくれてるってすごく感じられて嬉しかった。

それから利府に向かうんだけれど、最初どこから乗ればいいかわからず、ずんだシェイクのお店の店員さんに聞いたりして、なんとかホームを見つけた。でも自分が乗った電車が本当に利府に着くのか、あっているのかどうか心配だった。だから、電車に乗ったときはついキョロキョロしてしまった…すると、「大丈夫! 嵐のコンサートはこれであってますよ!!!」と声をかけられた。びっくりした。振り返ると、女性と女の子が微笑んでそう言ってくれていた。どうやら、わたしが持ってたBLASTのバックで嵐ファンだとわかったようで、「私たちもそうだから! よかったらこっち(その方たちが座ってたボックスシート)来る??」とまで言っていただいた。そう言っていただいているなら…と、仲間に入れてもらった。それから、利府駅に着くまでの間、初対面にも関わらず楽しくお話しさせていただいた。香川からいらっしゃっている親子の方で、来る途中新幹線を間違ってしまい、コンサートに入るのにも関わらず、間に合うかどうか…というところ。シャトルバスの時間も過ぎてしまったのでどうやっていこうと悩んでいらっしゃった。わたしはこの日コンサートには入らず、グッズを買いに行く予定だけだったので*1、シャトルバスは取っていなかった。もしシャトルバスに乗れなかったら一緒にタクシーで行こうという話を含めた、今回の宮城に行くまでのお互いの話をしていたら利府に着いた。シャトルバスはまだ運行していたので、一緒に行くという話はなくなったが、この方たちのおかげで強がってたわたしの心がなんだかほぐれた気がした。

ありがとうございました。開演ちゃんと間に合ってたらいいな…。

 

そして、次の問題は利府駅から会場までどう行くか。前述したようにシャトルバスはとっていなかったので、残された選択肢はタクシーか徒歩*2。 正直、シャトルバスは当日券も実はあったりするんじゃないかなー…と思ってたりもしたが、その考えは甘かった。

タクシーで行くしかないかなーと思ったけど1人で1200円はきつい…*3 ただのケチかもしれないけれど、学生にとったらやっぱり片道1200円はきつい…。およそ3km 約50〜60分の距離、徒歩で行くか。キャリーあるけど頑張って引いて行くか。そんなとき…「一緒にタクシー乗って行こう!」と声をかけられた。見ると、先ほど駅のホームで一瞬見たような50代のご夫婦が、わたしに話しかけてくれていた。「…いいんですか!?」 そういうことからそのご夫婦と一緒にタクシーでひとめぼれスタジアムまで向かうことに。ご夫婦は鹿児島からいらっしゃってて、チケットがないためコンサートには行けないが、東北旅行も兼ねて、グッズを買いに来たらしい。奥さんがすごく嵐ファンなようで、旦那さんはそうでもなさそうだったが、でも一緒に旅を楽しんでるのが見てて感じ取ることができたので、すてきなご夫婦だなと思った。スタジアムに着くまではわたしとそのご夫婦、タクシーの運転手さんの4人でお話しながら向かったが、タクシーの運転手さんの方言に“あ、東北にやってきたんだなぁ”と実感した。運転手さんによると今回の嵐のコンサートでわたしたちを乗せるまでに日本全国、台湾やソウルなどの海外からもたくさんのお客さんを乗せたそうだ。

BLAST話で盛り上がっているうちに会場が近くなってきた。すると、奥さんが「お金はいいからね。わたしたちも乗るところだったんだしどうせ一緒だから! 心配なのは帰りよ。帰り一緒になればいいけど…また会えたらいいんだけどね…」と言った。もちろんわたしも料金は払うつもりだった。ただ1人でタクシー使うのは大変だなって思っていたというところ。でも…「そんなの申し訳ないから払います!」と言ったけれど、「大丈夫だから!」と笑顔で言ってくださった。そう言ってるうちに会場に到着。復興市場のところまでは行ったが、屋台のところで「私たちこっち行くね!」と仰り、別々の方向に向かうことになったのでお別れ。それからお会いすることはできなかった。帰りの心配までしてくださっていたけれど、帰りは市営のバスがあり、市営バスに乗って駅までたどり着くことができました。本当にありがとうございました。

 

そして復興市場へ。

どうやら16時半までだったようで、もう少し早く会場に着く予定だったが、わたしは仙台駅で時間を使ってしまったので、16時半前に着いてぎりぎり。もう閉めはじめているお店もあった。わたしはせっかく宮城に行くのだから、その土地のものを食べたい!と思っていた。だから、名取市の“せり鍋”を見つけて、これだ!とすぐに買って食べた。せりの風味が効いていて美味しかった。すると、お店のお姉さんが気さくにどこから来たのー?と話しかけてくれた。お姉さんのお話を聞いていると、隣の“閖上たこやき”は震災のときの津波でお店が流されてしまったから、今はもうここでしか食べれないよと教えてくれた。自分が関西から来ていることもありぜひ食べてみたい…! 片付けが始まる中で、もうたこやき終わりましたか…?とダメ元でお店のお兄さんに聞いてみた。すると、「おっ! じゃあ持って行っていいよ!」と笑顔で言ってくれた。もちろん、お金を払うことが当然だから躊躇したが「いいよ!いいよ!」という気前のいいお兄さんの言葉でありがたくいただくことにした。復興市場の屋台。わたしたちがお金を払って買うことで成り立つ復興支援。失礼な言い方になってしまうかもしれないけれど、お店の人がお金を受け取ることは当然だと思っていた。というか、それが普通。だけど、そのお兄さんは食べたいって言ってくれるだけで嬉しいから、という表情をしていたように感じた。お兄さんはどう思っていてくれたのかわからないけど。大阪のたこやきと違って、ソースが甘くて美味しかったです。ありがとうございました。

(次の日ちゃんとお金を払って買いに行きました。)

 

そして、たこやきを受け取ってさっきのせり鍋のお姉さんと話しているときに、ひとめぼれスタジアムの中から歓声、嵐のメンバーの声が聞こえてきた。このとき思わず涙が出た。そしてしばらく止まらなかった。わたしはこの嵐5人に会うためにはるばる関西から宮城の地にやってきた。1人で心細かったけれど、いろいろあったけれど、いろんな人に助けられてここまで来れた。そう思ったら、わたしのARASHI BLAST in Miyagiはたくさんの人に支えられてる、ARASHI BLAST in Miyagiだなって…泣けてきた。

 

そのあとはお姉さんたちにもさよならを言い、グッズを買いに行って、看板の写真を取りに行った。そこで台湾から来ている女性2人組、わたしと同い年の地元の女の子2人組に出会った(看板の前で写真を撮ろうとしているのをお互いに手伝ったことで)。 そして、わたしは市営バスで帰ることにしたのだが、バス停がわからなかった。すると、台湾の方たちがバス停を知っているから一緒に行こうと言ってくれたので、一緒に向かうことになった。国を超えて、嵐の話をするのは楽しかった。すると、ここでわたしはあることに気づく。先ほど買ったグッズのイヤホンがない。買ってすぐにバックに入れたのだが、ふたがないから落としそう…と思っていたら本当に落としてしまったようだ。なんであのときちゃんと入れ直さなかったのだろう…後悔した。まだグッズを買って1時間以内、そして行動範囲もまだ限られていたので探せば見つかるかもしれない…わずかな希望に望みをかけて、元来た道を探すことにした。ここで、台湾の方たちとはお別れ。戻る道中、誰かとすれ違うたびに「グッズのイヤホン見ていませんか?」と聞きまわった。どの方も「見てないですー」と答えてくださったのだが、それだけでなく「見つかるといいね…!」と声をかけてくださる方も多く、より見つけなきゃと言う気待ちが強くなった。見つからないままグッズ売り場に着き、売り子のお姉さんにも聞いてると「届いてないですね〜…」と言われる。ですよねー…。箱に入ったままの新品だったし、誰が持っていってもおかしくない。後方にいるお兄さんに聞いてもない。もう諦めようかなと思ったけれど、CD・DVD売り場のお兄さんにもダメ元だで一応聞いてみよう…。すると「来てないですね〜… 上の人にも確認してみましょうか?」と言ってくれたので一応確認してもらうことにした。しかしお兄さん、一向に戻ってこない。なかったということかな。そのとき…「これですかね?」奇跡が起きた。お兄さんが、箱に入った状態のグッズのイヤホンを差し出した。これ!!! わたしが探してたの!!! でもグッズ売り場から持って来てくれたのだろうか…?(そんなわけない) 話を聞くと、どうやらお客さんの誰かがグッズ売り場のところに落ちているのを拾ってくれたらしく、「これ誰か落としてるみたいです。」と届けてくれていたようだった。本当に新品のままの状態で返ってくるなんて…。こんなの日本でしかないよ…嵐コンでしかないよ…! 最後の最後に見つかるなんて、こんなのドラマだよ。見つけてくださった方、本当にありがとうございました。せっかく見つけてもらったもの、大切に使います。

 

喜びに浸りながら、さっきの台湾の方たちやボランティアの方に教えてもらった市営バスのバス停までたどり着くことができた。しかし全然バスが来ず、前に並んでいたおじいさんがどこかで混んでるんだと思うと教えてくれた。わたしの後ろに並んでいたお姉さんもバスが来ないことを気にしはじめ、臨時の時刻表をもう一度調べてくれた。それをきっかけにお話しはじめたのだが、お姉さんは地元の嵐ファンの方だそうで、バスや利府から仙台に向かう電車の中で、今回のコンサートが行われるということに対しての地元での反応などいろいろ話してくださった。わたしは友達とは地下鉄の駅で待ち合わせをしていたのだが、お姉さんは「そこまで一緒だから」と連れて行ってくれた。

お姉さんのおかげで迷うことなく、地下鉄の駅まで行くことができ、そして泊まらせてもらう友達と合流できた。ご実家に住んでいて、お母さんも一緒に迎えてくれ、それからおうちに着くまでこれまでのことを話して盛り上がった。ペットのわんちゃんはすぐ懐いてくれて、夜ごはんはチューハイで乾杯し、美味しいカレーをいただいた。それからゆっくりくつろがせてもらい、とてもしあわせだった。

そして2日目(20日)、3日目(21日)はほぼ友達と行動し、充実した旅になった。

2日目は朝から会場にいて夕方コンサートに参加したのだが、トイレに並んでいるときにお話してくれた名古屋の親子の方や、1人で入ったにも関わらず一緒に盛り上がってくれたまわりの席の方達(コンサートについてはまた別記事で書きます)、また、3日目の仙台観光のとき明るく迎えてくれたガイドさんなど…本当にたくさんの方のあたたかさにふれたように感じる。

みなさん、本当にありがとうございました!!!

 

 

こんな話をブログに書くのもどうかと思ったけれど、自分の恥ずかしい部分を露呈しているようなものだけど、でもこんなにたくさんの人に支えられて宮城に行くことができたということを伝えたかった。本当にたくさんの方に助けられて、宮城に行くことができました。いろんな方にお世話になりすぎだよって言うくらい。もし、上記に該当の方がいらっしゃいましたら、その節は本当にありがとうございました。ご迷惑をおかけしましたが、本当に素敵な宮城旅になったのはみなさんのおかげです。今となっては、1人で行ったことが逆にたくさんの人と出会えたきっかけになったのかなと思ったりもします。

また、みなさんとの出会いを繋ぐものがだいすきな“嵐”であったこと。それもすごく嬉しかったです。大げさだけど、嵐をすきになったことでこんなにあたたかいみなさんとも出会えた。これもわたしの中の”嵐をすきになってよかった”の要素のひとつになる。コンサートが終わったとき、一緒に盛り上がった近くの方が「これも”嵐が繋ぐ輪”だよね」と言っていたのが、自分の中に大きく残っていてタイトルにも使わせていただきました。

なんでもかんでも安易にやっていい…というわけではないけれど、わたしも同じ仲間が困っていたらできる範囲で助けてあげられる同志でありたいと思います。そしてもっともっとこの輪を繋げられたらな。

 

地元の人にとったら、普段静かな町がにぎやかになることはみんながみんな歓迎したことではないと思います。でも、外からやってくる人をあたたかく迎えてくださってありがとうございました。最初は宮城で開催することについていろいろ言われていたし、正直不安なこともあったけれど、無事成功したのは、みんなが宮城最高だった!と言えるのは地元のボランティアの方々や、コンサートに携わるいろいろな方の協力があったからだと思います。本当に感謝です。

そして話はずれるかもしませんが…

宮城の方にはたくさんお世話になりましたが、その中でも忘れられないのが、泊まらせてくれた友達が言った“東北に来てくれてありがとう”“震災のことを忘れないでいてくれてありがとう”という言葉です。やっぱり、震災があったことが忘れられて風化してしまうことがとても悲しいと言っていました。今回、このような縁があって行くことができた東北。まずは忘れないこと。そして、これからもこの地へ足を運ぶことが東北を元気づけられる力になるのではないかなと思います。わたしも今度は家族と来よう。

 

 

 

*1:8月の東京での先行販売にも行ったが、金銭的に買えるグッズが限られていたので、追加で買くことにしていた。

*2:市営バスもあったようだが、時間が決まっているためほぼ視野に入れてなかった。

*3:タクシーの運転手さん曰く利府駅からひとめぼれスタジアムまで1200円前後らしい